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In Sesson/New Order
a0016447_41420.jpg今日渋谷のHMVに、
モリッシーの新譜を買いに行ったはずが、
結局別のものを購入してしまいました。
New Orderは只今ニューアルバムをレコーディング中とのことですが、
この盤はその前に急きょ発売決定された、
BBCの未発表音源だそうです。
ちなみにJoy Division時代の曲を3曲収録、
更にプライマルのボビーギレスピーがバックボーカルで参加している楽曲もあり!
かなりお得感溢れる内容で、聞きごたえありです。
日本盤は発売未定だそうなので、今買わずしていつ買うか。
バーナード・サムナーが『Atmosphere』を歌っていて、
何だかとても感動しました。
しかし他にも気になるのが何枚か…
迷っているうちに気が付けば2時間経過していました。
ぐったり。
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by naho929 | 2004-05-30 04:15 | 音楽
焼き付いた風景
a0016447_366.jpg
お気に入りの風景は?

これは、今はもう私の家ではない、
小学校1年生から高校3年生までを過ごした「旧我が実家」の
私の部屋からの風景です。
社宅の4階だったので、視線が高いです。
もちろん加工してありますが、
私の記憶の中ではこんな風にノスタルジーが薫っています。
中心に写っているアパートには、
私と同い年の女の子が住んでいました。
彼女はとても無口でしたが、
驚異的な運動神経の持ち主でした。
右奥に見える横長の建物は市立病院で、
おそらく患者さんであろう人影が動くのを、
目の良い私は裸眼でもはっきり追いかけることができました。
あの家にはもう他の誰かが住んでいるのだろうか…。
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by naho929 | 2004-05-30 03:07 | 写真・アート
土曜の夜に渋谷を歩くこと
私の仕事場は表参道にあります。
早めに仕事が終わった時は、
よく渋谷まで歩いて井の頭経由で帰ったりするのですが、
この街はどうしてこうも人だらけなんだと、
自分はあたまかずから外しておいて、そう思います。
そして知ってる人には全く遭ったためしがない。
こんなに人がいて、同じ言葉で通じ合える可能性があるのに、
誰とも話す機会が得られないとは。
何だか悲しいんだか悔しいんだかバカバカしいんだか、
よく分類できない複雑な気持ちになって、
眉間に皺を寄せて人並みな人波の間を迷路を彷徨うようにすり抜けます。
そう言えば前に友達が電車の中で同じことを言っていました。
その時の友達も私と同じメカニズムでこの嘆きに辿り着いたのだろうか。
私自身、どうしていつも渋谷を歩くとこんなにみじめったらしい気分になるのか、
想像はできるが確定はできないので、
説明してほしいくらいです。
ああでも独りは淋しいけど楽だと思ってしまう、
そんなわたしはどうなんだ?
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by naho929 | 2004-05-30 00:41 | 思うこと
Cut/The Slits
a0016447_155626.jpg泥まみれの上半身裸のふんどし姿、これはまぎれもなくアーティスト本人達です。
ジャケットのインパクトもさることながら、
音の方もかなりアナーキー、オルタナティブ、です。
パンク、レゲエ、ミクスチャー?
演奏は決して巧いとは言えず、音響もぺらっとしたかんじです。
じゃあ何がすごいの?って、
逆に言えばテクや音質抜きで勝負していること自体
凄まじいことだと思いませんか。
「百聞に一見はしかず」とはまさにこのこと!
1度聴いたら病みつきになること間違いなし。
絶対男にはマネできない、雌力の可能性を感じます。
同じ女として、リスペクトし続けたいアーティストです。
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by naho929 | 2004-05-29 15:57 | 音楽
幽霊たち/ポール・オースター
a0016447_31740.jpgついこの間、銀座のメゾンエルメスで、
ポール・オースター/幽霊たち展とかいうのをやっていました。
『スモーク』という映画が好きでオースターを知っていた私は、
ラジオでその情報を聞いた時に、
「絶対見にいくぞ!でもその前に『幽霊たち』を読むぞ!」
と思っていたのですが、
結局個展には行けないまま、小説だけを堪能するかたちになりました。
ちなみにエドワード・ゴーリーの訳者である、
柴田元幸氏が翻訳をしているというのもあって、
すらすらと快読できました。
タイトルを一見すると、まるでホラー小説のように思えたりしますが、
そうではありません。
一般的な認知による「幽霊」という存在は、
この物語には一体も出てきません。
出て来るのは、自分のアイデンテティを失いかけた、
生命と実体を持った「幽霊」たち。
アイデンテティを失えば、
人は例え生命を持っていても、正体を無くせるのです。
アイデンテティを追求することは、誰にとってもライフワークとなり得ますが、
快楽と惰性の混沌の渦中にいると、
それを疑うことすらしなくなってしまうのでしょう。
そんな人生はつまらないと私は考えます。
ヴィトンのバックに一体何のアイデンテティがあるのか、
私にはまったく理解できないのです。
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by naho929 | 2004-05-29 03:18 |
一番を
私の友達の上司、ある大アパレルメーカーのえらいひとが、
その私の友達に伝授した言葉を、私はよく思い出します。
「ものを見た時は、必ず自分の一番を決めろ」
例えば展覧会に行ったり、お店に行ったり、雑誌を見たり、
何でも同じ土俵上に羅列したオブジェクトを見た時は、
常にその中から自分が一番良いと思ったものを厳選しろ、ということです。
それを聞いた当時も、「ほほぅ、なるほど」と思いましたが、
その意味を痛感するのはやっぱり、
仕事の厳しさで打ちのめされている時です。
一律にクリエイティブな仕事というのは、
常に選択することを余儀無くされます。
例えば雑誌の1ページをデザインする時、
できあがったレイアウトの背景は黄色でも、
それははじめから黄色と決まっていたわけではありません。
それをデザインしたデザイナーが、「背景は黄色にしよう」と決めたので
背景は黄色になったわけです。
同様に、編集者だってコピーライターだって、
画家だってイラストレーターだって、
色んな事柄を決定し続けた集大成が、
本なり絵なり雑誌なりの、いわゆる作品になっているわけです。
この「決定」という行為が、人生において重要なキーポイントに
なるのではないかと、最近ぽつぽつ思います。
私みたいな優柔不断はこの行為に、
人より割り増しのエネルギーを浪費…いや消費しています。
毎日修行、日々精進です。
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by naho929 | 2004-05-29 01:42 | 思うこと
奇跡の海 [★★★★☆]
新しく観た映画ではないですが、
衝撃的な印象がいつまでたっても頭から離れない、
恐ろしい作品です。
監督はラース・フォン・トリアーで、
最近ニコール・キッドマン主演の『ドッグヴィル』が公開されていました。
観たかったのですが終わってしまったようなので、
ビデオで必ず観たいと思います。
あと彼の代表作と言えば『ダンサー・イン・ザ・ダーク』だと思いますが、
一連の作品から言えるのは、
彼は毎回、何かしらオルタナティブな手法を採り入れて、
観客に新しい視界を提供してくれるということです。
これらにはまた、共通して独特の味わいがあり、
それは一種のサディズムというかマゾヒズムというかグロテスクというか、
普段は日常から切り離されている、
息を呑むような感覚があることを思いださせます。
私はその何とも言えない後味が病みつきになって、一時期に
『ダンサー・イン・ザ・ダーク』→『奇跡の海』→『イデオッツ』と
たてつづけに鑑賞しましたが、
むねやけして3本でやめました。
で、この『奇跡の海』はカンヌでグランプリを獲ってます。
私は平安主義者なので、諸手を挙げて大好き!とは言えませんが、
かなり好きです。
構成のしかたもとても凝っていて、特殊だなと感じます。
ちなみにこの映画にはプロコルハルムの「Whiter Shade Of Pale」が流れますが、
これを観ていた頃、よくこの曲がBGMとして流れる映画を観ました。
全然無作為に選んでレンタルしていたのに、
気付くとこの曲が流れてくるので、
不思議でした。
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by naho929 | 2004-05-28 15:27 | 映画・演劇
New Order
a0016447_22645.jpgニューオーダーが好きだー!
大好きだーー!!

マイケル・ウインターボトムの、
『24hour party people』を
確か去年(おととし?)映画館で観ました。
そのせいか、楽曲が良いのはさることながら、
彼等のことを、もっと奥行きをつけて好きになった気がします。
去年、ラフォーレ原宿でピーター・サヴィル
(マンチェスター・ムーブメントの渦中にいたグラフィックデザイナー。
New Order, Joy Division, Suede等のジャケットデザインで有名。)
の展覧会も観に行きました。
私はこのジャケットが一番好きだなと思いました。

どうでもいい話ですが、
ヘッドフォンで『The Parfect Kiss』という曲を聴くと、
最初のチャー チャー チャー チャーというところが、
  → 右   左   右   左
と、左右のヘッドフォンから分断されて聴こえて来るので、
脳みそがひっくり返りそうになります。
是非試してみて下さい。
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by naho929 | 2004-05-28 02:27 | 音楽
ハリネズミのジレンマ
近付き過ぎると傷付くから、近付きたくても近付けないという、
可哀想なハリネズミを例にしたうまい説明だと思います。
思春期の繊細な心情を表す常套句のようですが、
未だに私はこのハリネズミ現象を感じることがあります。
この場合、人々は皆ハリネズミです。
だから私が近付くと相手も傷付くし私も傷付く。
なみなみに注いだお茶を持って階段を歩くように、
さじ加減に注意しながら近寄ろうとしますが、
そうやって神経質になると逆にお茶はあっけなく零れてしまうものです。
でもそれ以前に、私には他人から見て刺々しく
もしくは痛々しく感じる何かがあるんだろうと思います。
それは幼少期から悩んでいたことで、
対策を考えて試行錯誤するうちにふっきれて、
最近は逆に面倒臭い輩は寄ってこないので返っていいやくらい思っていたのですが、
たまに感覚が蘇って来ることがあります。
そんな時、胃の裏側、肺の下あたりに、
ぽっかりと穴の空いたまっくろを
見るような気持ちになります。
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by naho929 | 2004-05-27 03:31 | 思うこと
草の竪琴/トルーマン・カポーティ
a0016447_25728.jpgまたカポーティを読みました。
この話は彼の自伝的小説で、
孤児の少年と母親代わりの女性の間に生まれる
血縁に似ないこともない深い友情を、
繊細な視線と軟らかい洞察で優しく書き留めた、
ガーゼのような物語です。
彼は、短編集『夜の樹』の中でも、
同様の設定で1つの物語を書いています。
まさに彼の原点と言えるような、
イノセントワールド。
それは多分、彼の中でリフレーンされ続けていた、
反駁せざるをえなかったストーリーなのでしょう。
それって誰にでもあるものだなと思います。
多くは失われてしまった光か、
路に落ち残った影か。
どちらにしろ、うつつでは戻って繰り返すことのできない、
過ぎ去った幻影なのだと思います。
だからきっとそれは、経験していないことではない。
例えば子供の頃のすべりだいや、
土手や、駄菓子や、シロツメクサや、
喧嘩や、失恋や、コンプレックスの根源とか、
自分の軌跡にまつわる他愛無い挿話が、
いつまでも疼く火傷のように離れないことがあるでしょう。
ありませんか?私はどうしてかは分からないけど沢山あるんですが。
そういうものたちが時として…いや少なからず、
創造の糧となることがあるんですよね。
何ものにも勝る、凄いエネルギーだと思います。
何故だろうと理由を考えると、とてもじゃないけど分からない。
だからそこが尊くって、世の中捨てたもんじゃないなと、
偉そうに何かを悟ったような気になることが、ないこともないです。
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by naho929 | 2004-05-27 02:58 |