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たゆたう
1つのことがらについて考えていると、
段々と項目が枝分かれしていって、
いつの間にかもう既にそれは1つのことがらではなくなってしまう。
そんなことが私は日常茶メシなのですが、
それでも何とか人に伝えようとすると、
拡がった思考の束を再びまとめて簡略化しようと試みることになります。



でも捨てようとする荷物を不敏に思うように、
伝えきれそうにないニュアンスも無理矢理盛り込みたいと思ってしまう。
そしてちょっと言おうと言葉を綴ってみると、
そこからもうレールが曲がり始めていることに気づいて、
既出の言葉は尻切れトンボ、
中途半端になって漂う切れ端が、
結局何モノにも成れなかった漂流物となって私を指し示すことになります。
何モノとも見られない、私という存在。
しけて鳴らないクラッカーのような…

然るべきところでパキッと自分の所存を言葉にできる人はすごいと思います。
私はその場で発言を惜しんで、
しばらく経ってから「ああ、こう言えばよかったな」と
思うことがしばしばあります。
そして「ああ、言わなきゃよかったな」と
思うこともまた、しばしばあります。
所詮は足踏みの無駄口ばかり叩いては、
結局は去勢を張った小学生のような体裁になっていることに気づいて、
それこそマンホールに飛び込みたくなる気分になります。
そうして私はなかなかパキッとできないのでここによくうだうだと言葉を書きこみますが、
やっぱりスマートに潔く生きるためには、
自分の所存をはっきりと象りながら進んでいかなければいけませぬ。
でも最大のコツは、
「無理だと思うものに足を突っ込もうとしないこと」
これでしょうね。
さしでがましい自分が大嫌いです。
しかし「自分が嫌いである」と、口が酸っぱくなるほど公言してはいますが、
あながちそうでもないよな、と気づきました。
もうそういうだらしのないことを言うのも止めようと思いました。
by naho929 | 2004-12-07 01:41 | 思うこと
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